1983年10月1日、ご存じラウドネスのドラマー「樋口宗孝」氏が名古屋の「ワンワン」と云うヤマハ系列の楽器屋で行ったドラム・クリニックで樋口氏本人にスカウトされ、翌年プロジェクト・チームのアーチストのバンドをやってみないか?と云う信じられない様な話をいただいた。暫くして、当時ラウドネスのツアーで西ドイツに行っていた樋口さんからわざわざ国際電話を頂き、オーディションの日程を知らされたのが1984年6月25日。この日は俺の親父の誕生日。
そしてペダルとスネアを持って六本木のアマンド前で待ち合わせオーディション会場へ行ったところ、何と他に受けに来ていた人の中にはプロ・ドラマーまで居た。アマチュア歴3年足らずの俺は流石に怯んだが、とりあえずガチガチなオーディションを終えて、当時六本木にあった「渋谷野郎」と云う居酒屋で、樋口さんはじめバンド・メンバーだった方々(ちなみにギターは今B’zで大活躍の松本孝弘氏)と話をして盛り上がりつつも、新幹線の時間の関係で後ろ髪引かれながら早々と席を立った。帰り際、樋口さんに「結果は2、3日中に連絡するから…」と云う言葉を頂き、急いで最終の新幹線に乗り込み帰宅した。
ところがオーディションの結果がなかなか来ず、「やっぱプロの人もいたし、これは落っこちたかな?」と諦めかけたその翌日、「合格!一週間以内に上京して来い!」との連絡が来たのが1984年7月5日。そう、なんと俺の20歳の誕生日だったのである…。
この日を境に、俺の誕生日と云うのは自分がこの世に生を受けた記念日であると共に、新たにプロ・ドラマーとして歩み始める記念日としての意味合いも持つ事になる。
俺達の世界でたまに話題になる、「何歳からプロでやってるの?」と云うどうでもいい様なよくない様なテーマがある。この基準は人によって違うのだが、個人的にはプロダクションに所属していてメジャーレーベルからCDを出しているアーティスト、またはそのサポートミュージシャンとしてライブハウスだけではなく、ホール、野外コンサート、スタジアムやアリーナでの演奏、あるいは大手レーベルのアーティストのシングルやアルバムへの参加を経験して、はじめてプロの仲間入りだと思っている。
これは否定ではないんだけど、「内容はどうあれ演奏してお金を貰ったらプロだ!」って云うのは、演奏家の概念と云うかプライドとして成り立たないと思うんだけどなぁ…。中には「気づいたらプロになってた」なんて人もいる。おいおい、気付こうよ!
ちなみに俺の場合は、1984年8月8日の大阪厚生年金会館で行われた「難波弘之&センス・オブ・ワンダー」のFMの公開録音が、自分の中でプロと呼べる初めての大きな仕事だった。が、よーく考えてみると、ドラムを始めてすぐに近所の楽器屋の店長に誘われたトリオのロックバンドで、学校に内緒でライブハウスに出演しては既にギャラを貰っていたし(俺達の時代はまだ「ロック=不良」ってみる先公とか居たからサ。まぁ、ある意味間違っちゃいねーけど…ナ!)、高2の時にはいろんな場所で地元の社会人や大学生と一緒に、フュージョンやラテン系のセッション活動を頻繁に行なってはデート代を稼いでいた(笑)。また、高3の時には自分のバンドでライブハウスにレギュラー出演しながら、名曲「夢伝説」でブレークする前の「スターダスト・レビュー」の前座を、中間テスト全教科赤点!と云う快挙を快挙を成し遂げながら無事に努めたりして(運悪くテスト週間だったからサ)楽器代やスタジオ代を稼いだりしていたけど、それをプロだなんて思った事は一度もない。
まぁ、ドラムはちょっとうまかったけどサ…(笑)。
高校卒業後もポプコン(今となっては懐かしいヤマハのコンテスト)のエントリー曲のレコーディングやオーケストラ、他にもドラム教室の先生をやるなど、アルバイト的な期間を全て含めるとドラム歴は25年だが、俺の基準ではあくまで今年でプロ生活20周年だ。
二十歳でプロドラマーとして誕生し、四十歳になる今年でやっとプロドラマーとしての成人式を迎える。が、まだまだひよっこである。「若者よ夢を持て!」と云われて夢を語ると、「現実を見ろ!」と云われる、何だか釈然としない時代ではあるが(別に俺が若者だと言っている訳ではないよ)、夢を抱いて進んで行かなければ現実も解らないな訳だし・・・。
まぁ何はともあれ、ここから次の20年に向けて新たに頑張る所存であります!と、今回は「青年の主張」的に締めくくってみました。
さて、既にご存じの方もいらっしゃると思いますが、今年から『KENSO』に正式加入する事になりました。
偶然にも俺の「プロ生活20年」にあたると云う事で、ドラマー人生のひとつの区切り、そして新たなスタートとして今回のこの参加を非常に嬉しく、又誇りに思っている。新生KENSO…期待していて下さい!
2004.1.23. 空が葵い
追記:TAMAから絶賛発売中の小森啓資シグネイチャー・スティックが2004年版カタログよりモデル・チェンジする事になりました。発売開始は春頃の予定。これに伴い現行モデルの在庫が無くなりますので、ご愛用の方々は買い貯めしつつ、ニュータイプに切り替えましょう…(笑)。
(photo by Takashi Hoshino)

