第21回 『Favor Of My Friends Tour 2003 総括~後編~』の章

11月 28th, 2003 by admin

今回のテーマ、気付いたら3回に渡る長編になってる。当初2回で完結させるつもりだったんだけど、何故に…?一応これでも掲載時には無駄な箇所をカットしたりするんだけど、困った事にどんどん文章が溢れてくるから収拾つかないんだよ。まっ、お付き合い下さいませ。
 
 さて、ここんとこのヘビーローテーションは先日発売された話題のビートルズの新譜『Let It Be…NAKED』。これがマジで素晴らし過ぎる。まだ聴いてない人には絶対お勧め!
 
今までみんなの耳に馴染んでいた名曲「Let It Be」は、オーケストラの入ったテイクなんだけど、このアルバムにはビートルズの4人だけで演奏されたものが収録されていて、他にも素晴らしいテイクやリハーサル模様などなど、音楽ファンにはたまらない音源が収録されている。
 
ちなみに俺はビートルズのCDを買ったのがなんと生まれて始めてなんだけど(正直今まではあまり興味がなかった)、今回このCDを聴いて、曲のクオリティ、演奏、アレンジ、サウンドのあまりの素晴らしさに、今更ながらかなりの衝撃を受けてしまった。(特筆すべきは「音」。デジタルに汚染され、慣らされている多くのみんな、人間の演奏した魂のある本物の音ってものが、このアルバムには収録されているぞ!)。
 
そう云えばかれこれ15年程前の話になるのだが、杉真理さん、松尾清憲さん、そして当時のセンス・オブ・ワンダーのベースの小室和幸さん達がやっていた『BOX』と云う、ビートルズ・ライクな本当に素晴らしいポップス・バンドがあった。で、ある時BOXのサポート・ドラマーをやっていた大先輩、島村英二さんの代役(いわゆる「トラ」ってやつ)で、このバンドのツアーをサポートする事になったのだ。
 
軽い気持ちで引き受けた俺だったが、実はこのバンドがドラマーに求めるのはあくまでもリンゴ・スターの様なスタイル、と云うかまさにそのもの…。
ビートルズの影響のかけらもない俺の事をよほど心配してくれたのだろう、ベースの小室さんが参考資料としてわざわざ「リンゴ・スターのフィル・イン」を編集したカセットや、ビートルズの曲の入ったテープを下さったりしたので、それなりに参考資料として研究した事はある(研究って・・・)。
 
そう云った状況の中、当時まだまだ小僧だった俺は、「テクニカル」と云うくだらないカテゴリーに固執していたし、何より「誰々風に…!」と限定(指定)されたドラムを叩く事よりも、その曲を演奏して自分が感じた事を自由に表現したいと小僧なりに強く思っていた。(まぁ、間違ってはいないんだけど、コンセプトにビートルズありきだった訳だからな…)。
 
そんな微妙な葛藤を抱いたまま迎えたツアー最終日、それまで封印して来たはずの「自由なアプローチ」ってやつが、何かの瞬間に突如として爆烈してしまい、盛り上がりまくって制御不能となった感情は、ついにはこのバンドでは有り得ないフィルインを炸裂させてしまったのだ。
 
そう、それはあきらかにリンゴ・スターのそれなんかではなく、よりによってテリー・ボジオ(俺のフェイバリット・ドラマーの一人)の様な音符の嵐…
「やべ~っ、やっちまった!」。
 
その後このバンドからは二度と声が掛かる事もなく(そりゃそうだよ!)、俺の中でのビートルズな時間はそのまま封印されていったのだが、そんな出来事を経て、今回ビートルズのアルバムを購入するに至った訳だ。きっと今の俺なら『BOX』に相応しいドラミングが出来ると思うな(笑)。
 
ちなみに12月にはビートルズがエド・サリバンショーと云う番組に出演した時のノーカット版DVDが出るのだが(既に予約済である)、先ほど名前の出たテリー・ボジオは、子供の頃にこの番組でビートルズを見たのをキッカケにドラムを始めたらしい。(へぇ~、へぇ~、へぇ~…3へぇ!)そして、ビートルズの様なバンドで、テリー・ボジオの様なフィルを叩いて首になった俺がいるのであった。(へぇ~…1へぇ)。
 
あっ、またしても本題に入っていない…。
 
では前回からの続き、「ツアー2003 北海道シリーズ」へと参りましょう。
 
11/9(日):札幌 Family Tree
 
この日東京との温度差が14°以上…。空港降りるや否やいきなり北国の洗礼、「さみ~ってば…ズルっ」…。そして、ここ数カ月のハードスケジュールの為か、免疫力の低下しまくった状態で札幌に乗り込んだ俺は撃沈間近…。
 
この日は2部ステージだったのだが、1部が終わって楽屋に戻った俺は、すかさず横になり回復をはかる。
 
その甲斐と、あと北海道はTAMA DRUMからのレンタル器材だったので、身体に優しいいつもの叩きやすい2バス・セットだったと云う事もあり2部は炸裂しまくり。ドラム・ソロはおそらくこの18本のツアー中最高の出来!…かな?
 
そんな大盛り上がりのステージを終え、珍しくほぼ完全燃焼した俺だったが、やはり本番が終わると洒落にならない物凄い疲労感が…。ツアーが決まった時点で楽しみにしていた『だるま』本店のジンギスカン(誰がなんと言おうとここのジンギスカンは臭みのなさ=鮮度を含めNo.1。あらかじめタレにつけて食うのなんざ俺からすればレトルトと変わんねぇ!)を食いに行く元気すらなく、なんとこの日の夕食は札幌にいるにもかかわらずホテルの自動販売機コーナーで売っていたマルちゃんのカップ・ラーメン。(せめて場所がらを考慮して「さっぽろ一番」とかであればまだ情緒もあったかと…)。過去まれに見る地味な札幌の夜だった。
 
11/10(月):新十津川町 ゆめりあホール
 
大のお気に入り、『純連』に寄ってラーメンを食べてから、新十津川町へと車を走らせる。のどかでひたすら真っすぐな道の続く様はまさに壮大。途中コンビ二に寄ったら、普通にジンギスカンや塩ホルモンのレトルトが売っていたのにちょっとビックリ…さすが北海道。
 
会場に着いてから3人はラジオ番組へ出演。トークをする気力の無い俺は楽屋で静養。そういえばこの日はフェイバーでは初のホール・コンサート。どうだったかはあんまり憶えてないが…。
 
宿泊したホテルは、ロビーの入り口にいきなり車椅子が置いてあり、まるで古い市民病院なんじゃないかと思わせるちょっと怪しげな雰囲気…。皇族関係者も宿泊した事があるらしいのだが、さぞかし恐かった事だろう。(ちなみにホテルの朝食はかなり美味だった…とこのツアーで1日4食も食べていた割には全然太らない米川氏のコメントである)。
 
打ち上げは某居酒屋チェーン店。前日の札幌での悔いがあったので、北海道の味を満喫するつもりでいたのだが…。しかもスポンサー打ち上げの為、既にコース料理が頼まれていて、又しても北海道の味覚とは無縁に…。明日こそっ!!
 
11/11(火):増毛 増毛町文化センター
 
車での移動中、標識に「美深」の文字を発見。KENSOの曲にまさにこの地名のついた壮大な曲があるのだが、「実際にこの辺りにある町なのかぁ…」なんて思っていたら、なぜか嬉しくなってしまった。
 
増毛についてホテルにチエックインしてびっくり。和室に布団の、完全温泉旅館モード。そう、もれなく温泉がついているではないか!一気に盛り上がった俺は、短い時間を有効に使うべく早速ひとっぷろ…。すっかりポカポカになって気持良く会場へ。
 
この日は増毛の役場が主催のいわゆるファミリー・コンサート的な感じで、子供からお年寄りまで大勢の方が足を運んでくれて、何とこのツアーでの最多動員を誇った。有り難うございます!
 
ツアー千秋楽なんだけど、ファミリー層が大半?を占めるので、ライブ・ハウスとは違う、燐とした気持ちで挑んだライブとなった。会場の響き具合が、ある意味長崎の会場の時の様で危惧されたりもしたが、PAチームの素晴らしい仕事も手伝い、このツアーの集大成に相応しい出来となった。
 
会場から引き上げた俺は、ホテルでこの日2度目の温泉に入ってから打ち上げへと向かう。場所はスタッフの方々の行きつけの「すなっく」…(笑)。結局、北海道の味覚を満喫するには至らなかったが、素朴な北国の夜の情緒を感じるには充分だった。
 
打ち上げで久々にハイペースで日本酒をあおり、ベロベロに酔っ払ったのだが(多分打ち上げ前の温泉がやばかったんだなぁ)、まだまだ飲みが足りなかったらしく、「今からメカ沢βの部屋で飲むぞぉ~、みんなぁ集合ぉ~」と言って、とりあえず自分の部屋に戻った。
 
ふと気付いて時計を見るとナント朝の10:30…。一瞬訳が解らなかったのだが、どうやら部屋に戻った後メールチエックをしている最中にすっかりブっ潰れてしまったらしい。部屋飲みにも参加出来ず…最低なオチである。
 
この後日本海沿いの道を走り千歳空港へと向かう。途中立ち寄った激シブな定食屋さん、食事はイマイチだったが、店内には生まれて間もないコイヌが居て、すんげ~心が和んだので○。
 
そして時々居眠り運転しつつも、断固としてその席を譲らないストちんのスリリングな運転で、ハラハラしながらも何とか無事に空港へ。そう云えば、途中スゲ~でかくてキレイな虹が印象的だったのだが、偶然車が虹の方向に向かって走っている時に誰かが口にした、「あの虹くぐれるかな?」と云うコメントの方が今となっては印象的だ。
 
そんなこんなで全国18ケ所にも及ぶ須藤満「Favor Of My Friends Tour 2003」が無事に終了した。
 
「Favor Of My Friends」はどこかバンド的な雰囲気のあるセッションだ。そう考えると、今回高橋氏がいなかった事で、ある意味イレギュラーな編成となった訳だが、メカ沢β(芸名:新澤健一郎)の参加により、従来とはまた違った味わいになり、そう云う意味では刺激的な事も多々あった。それにしても人間ひとりの持ち得る「個」と云うものは意外にデカいんだな、としみじみ感じた。
 
 また今回のツアーは、比較的高い演奏クォリティを長期に渡り維持できたところにその特徴と意義が見い出せる。よってより多くの人たちに見てもらいたかったのだが・・・。
 
 またいつかこのシリーズもあると思うので、その時にはよりパワーアップした演奏をお送り出来る様頑張ります!ライブにお越し頂いた全国の方々、本当に有り難うございました!
 

 次のツアーをお楽しみに…合掌!!!
 

2003.11.28. 晴れ後曇り
 

追記:写真は、J2モンテディオ山形のユニフォームを着たストちゃんと俺。
    そして、踊り狂うホワィティ(芸名:前原”まえてぃ”篤史)…..すっ、すごい。
    (Photo by Shinji Noguchi)

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第20回 『Favor Of My Friends Tour 2003 総括~中編~』の章

11月 25th, 2003 by admin

てな訳で中編である。

そう云えば今回のツアーでは尽くデジカメを持って行くのを忘れてしまった為、残念ながらツアー中殆ど写真を撮る事が出来なかった。だがそんな中、他のメンバー達はカメラ付き携帯電話でガンガンに激写しまくっていた。

カメラ付き携帯電話…俺的にはあり得ねぇ。今回のツアー前まで個人的な見解では、「大のオトナの男があんなモノでちまちま写真なんか撮ってられるかよ!」と云う確固たるポリシーを持っていた。
 
だがHPにアップさせる写真をマメに撮影&掲載しているメンバーを見ていると、こうしてHPを持つ立場である以上は、HPの内容を充実させる為の術のひとつとして、多少なりともカメラ付き携帯の存在価値を認めるべきじゃないのか?と云う意志がもたげ始め、情けなくも「有りかも?」と感じてしまい、ついには505isにするかFOMAにするか悩んでいる大のオトナの男であった。
 
さて本題に戻って、ライブの記憶を辿る事にしよう。
 
10/18(土):岡山 Desperade
 
ある意味日本一の盛り上がりを見せる岡山。ここのお店は本当に大好きである。
 
この日のライブで思い出されるのが、客席の一番前に坐っていた多分10代の可愛い女の子(どうやらバンド仲間と来ていたらしい…)が、俺達のプレーに敏感に反応していて、何かやる度「すげぇ~っ、すげぇ~よぉ~!」(←女の子)と何度も口にしているのが、声は聴こえずとも口の動きだけでわかっちゃった事。見た目と使ってる言葉のギャップが、かなり面白かった。俺達からすればある意味彼女の方が「すげぇ~よぉ~!」。
 
ライブ終演後、ホテルから繁華街に向かう途中、どこか見憶えのある二人が向こうから歩いて来た。「お~い、コラーっ、そこの二人ぃ!」と俺が絡んだのは、なんと葉加瀬太郎のコンサートで倉敷に来ていた、最近ではジャズ・トロニックや中森明菜バンドでも活躍中のマニピュレーターの八巻 誠と、メカ沢β率いるネルビオに参加する事が決まった「ミスター号泣ベーシスト」(ものすげ~泣き上戸なんだよ、コイツは…)の西嶋 徹ではないか。
 
実はこの日、奴らが倉敷に来ているとの情報を入手した俺は、すかさず榊原 大に電話したりしていたのだが、まさか岡山で逢うとは…。しかも泊りのホテルが真横だってサ。あるんだねぇ、こういう事(笑)。
 
10/19(日):高松 Sicilly Island
 
店長えっちゃんの元気な笑顔と素朴なカレーの味が、相変わらずでとても嬉しかった。
 
10/20(月):移動日
 
ツアーに出て9日目で、2度目の休み。と言っても移動があるので疲れるけど…。
 
高松では讃岐うどんには目もくれず、他のメンバーより先に大阪へ乗り込む。
 
チエック・イン後昼寝をし、起きてからボーッとテレビを観ていたら、「ディメンション」(増崎さん・勝田・小野塚のバンドね)のファンクラブ・イベントの模様が流れていたり、「大正9年」って云う芸名のタレント?の女の子の毒舌っぷりに笑ったりと、い~感じでくつろいだ。
 
その後、久々に大阪の名物カレーである「インディアン・カレー」を食べに行く。途中とある巨大地下街のおもちゃ屋のウインドゥに飾られていた、「デビルマンに説教されてる赤レンジャーと青レンジャー」、「ガッチャマンをバード・ウォッチングする人」、「除き穴を覗いているショッカー」などの爆笑フィギュアを発見。これは一見の価値あり。いやぁ~、大阪だなぁ(笑)。
 
10/21(火):大阪 KNAVE
 
終演後、なぜかCDを売っている高橋亜土氏の姿が・・・(笑)。
 
今回のツアーには、体調不良だった事もあり不参加となった亜土さんだったが、かなり復活した様子で、一緒に打ち上げにも行き久々にガンガン飲んだ。ちなみにこの日俺のペースにつき合って焼酎を飲んだメカ沢βは、翌日見事ボロ雑巾に…(笑)。
 
実は今回のツアーで使用した「男の26″ツーバス・セット」はシンバルが身体の真横のラインから後ろにあって、しかも位置が遠いと云う、おもいっきり人間工学を無視したかなり無謀な変則セッティングだったのだが、当然ツアーが進むにつれ蓄積された無駄なフォームから生じる左肩と背中の痛みがピークに…。打ち上げ後に偶然見つけた針・灸院に飛び込み8年振りに受ける針治療。ピンポイントで痛みの箇所に治療が施され、すっかり痛みはとれたのだが、多量に酒を飲んだ直後の針は、めちゃめちゃ酒が回る。あれは、気をつけた方がいい…。
 
10/22(水):名古屋 Bottom Line
 
この日リハーサルを終えて楽屋に戻ると、何故か又しても高橋亜土氏の姿が…(笑)。たまたまこっちで用事があったらしいんだけどね。ちなみにライブは最低最悪な音響。演奏中に出す注文が尽く裏目に。いつものハウス・エンジニアだし、みんなの音が特別デカイ訳でもないし…んっ?こっ、これはホワイティの仕業か???
 
打ち上げは名古屋では有名な中日ドラゴンズ関連の中華の店「ぴかいち」に行き、その後名古屋の死神くん(9/26:飯田の項参照)関係数人と、ホワイティ&誠子(別名まえてぃ&りゅういち)、そしてメカ沢βを除く大人数でカラオケ・ボックスに行き狂熱の夜を…。
 
筋肉少女帯、あやや、柴崎コウ、シブがき隊、太川陽介、西城秀樹、やきにくの歌、そして米川英之など(ヨネちゃんの曲を入れたら、モニターに映る歌詞のバックに流れるプロモには、なっ、なっ、なんとヨネちゃん本人が出演しているではないか!ちなみに勿論唄うのもヨネちゃん…)、曲間の間を嫌う様にほぼノン・ストップで唄いまくるみんな。いやぁ~正直疲れた。もっとバラード唄えよぉ(笑)。
 
こうして11泊目の夜が過ぎていったのだ…長っ!!!
 
10/24(金):原宿 Blue Jay Way
 
この日会場にはメカ沢が居た…。
 
10/25(土) 山形「芋煮会」
 
この日は前乗りで、2001年のFOMFツアー時から浮上していてなかなか実現しなかった、山形の郷土料理「芋煮汁」を食べながら盛り上がる、あの「芋煮会」が何と2年越しに実現!(ももっち、お疲れ!)。今回はいわゆる河原とかで行う本格的なやつではなく、駅前にある「つばさ」と云う店の座敷を貸し切っての、いわばファンの方々との交流会だったのだが、この芋煮汁なるもの、素朴で優しい味わいが実に素晴らしい!すっかり芋煮ファンになった俺は、秋に山形で行われる「日本一の芋煮会」なるイベントへの参加を真剣に考えている。
 
「芋煮会」終了後、ヨネちゃんとβと俺の3人は繁華街?にあるライブ・ハウスへ飲みに行き(ストちゃんは地元の友人達と親睦会へ…)、テキーラをあおりながらのセッション大会(オフの時位演奏しなきゃいいのにねぇ…)。
 
そして微妙な盛り上がりの後、更なる盛り上がりを求め、又してもカラオケ・ボックスへ…(笑)。ちなみに業界には、カラオケ否定論者のつまんねぇミュージシャンも結構いたりするのだが、その点このメンツはいいね。やっぱ歌うって素晴らしい!
 
10/26(日):山形 スポーツカフェ CHANP
 
昼間はラジオの生放送に出演してトーク&生演奏。
流石にツアーの疲れが出たのか、視界に入る照明が眩し過ぎて気になったのか、この日は珍しくイージー・ミス連発の俺…。やる気はあるんだけど、全然集中出来ない。こういう時は入り込もうとしない方がいい、と云う事でサラリと流してみました。
 

と云う訳で、後編へと続く…。
 

2003.11.25.雨
 

追記:写真は、
    メカ沢とまえてぃ作ベータ。
    そして、ホワイティ&誠子。

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第19回 『Favor Of My Friends Tour 2003 総括~前編~』の章

11月 25th, 2003 by admin

9月の終わりからスタートした、ご存じ『須藤満「Favor Of My Friends Tour 2003」』の18ヵ所に及ぶ全国ツアーが、北海道・増毛町の公演でめでたく千秋楽を迎えた。ストちん、ヨネちゃん、メカ沢β、ホワイティ、誠子、他 スタッフ一同…みんなお疲れさんでした!
 
さてそこで、このツアーを2度に分けてざっと振り返ってみる事にしよう。
 
9/26(金):飯田 Canvas
 
ツアー初日。いきなり人生初の新幹線乗り遅れを体験したヨネちゃん…。本番前には名古屋からヨネちゃんを飯田まで送り届けた「死神」氏(彼はセイキマツ関連の人物で、一応世を忍ぶ仮の姿はコックさんである)の車で、山奥にある情緒ありありな素晴らしいそば屋「のんび荘」で腹ごしらえ。
 
回りにはホントに何も無く、無数の星と月明かりの照明と、心地よい虫の音のBGMに耳を傾けながら食す絶品なそば…すっかりまどろんでしまったメンバー、とてもライブ前の雰囲気では無かったのだが、本番始まるとバッチリな演奏。初日にして千秋楽並のクオリティか???打ち上げではハイペースで酒を煽り、めちゃめちゃハイになった記憶が…。
 
9/27(土):京都 RAG
 
車で京都へと移動。快晴のドライブ日和、とてもすがすがしい気分だったのを憶えている。そういえばこの日俺の名(迷)曲?「3Trinkets」(旧M-1)をリハーサル中、思う様に弾けず珍しく煮つまっていたストちゃん。よって今回はこの曲を候補から外す事にした。
 
 ところがツアーに向けてこの曲を必死に予習&特打ちして来たヨネちゃんは、没申告した旨を伝えると怪訝な表情。そっかぁ、あんなややこしい曲を、そこまで弾きたいと思ってくれてたんですね(笑)。いづれヨネちゃんには心ゆくまで弾いて貰いますので、宜しくお願いします!
 
ところで肝心のライブの出来はと云えば…ラグだからいいに決まってるのだ!
 
9/28(日):福知山 Farm
 
初の福知山。この会場は住宅街の中にあり、リハーサルスタジオも兼ねた素朴な雰囲気のお店。マスターはその昔六本木ピットインのスタッフだった経験があると云う、とても気さくで良い方でした!ライブもバッチリ!残念ながら翌日の移動の関係で終演後は京都へ戻らなければならなかったのだが、次回行っ た時には是非マスター交えて福知山の地で飲みたいものだ。
 
10/9(木):仙台 enn
 
福知山の翌日から樽木くんのツアーに参加していた俺はすっかり気持が穏やかな歌モードになっていたので、攻撃モードに切り換えるはずだったのだが(なんでやねん!)、東北が単発ゆえ車移動だった為、なんと朝9:00にストちゃんのお迎え。この時点ですっかり一日が終わってた。
 
そう云えば今年の2月に精進ツアーで行った時にも捜してたんだけど、12年前に初めて行って感動した牛舌の店で「しらゆき姫」に出てくる7人の小人のマスコットのおいてあるお店が未だ行方不明…。誰か情報を下さ~い。
 
10/12(日):浜松 Merry You
 
前日の「KENSO」のリハの余韻が覚めぬまま、さぁ、いよいよ怒涛の11泊12日(っつーかスケジュール帳を見る限りではある意味15泊16日にしか見えないんですけど…)の始まりだ。
 
会場入りする前にいつもの様にホテルにチェック・イン。部屋に入りお気に入りのスカジャンをベッドの上に脱ぎ捨て(そう云えばこのスカジャン、どうもそこら辺の安物と思われているみたいだが、一応コム・サ・デ・モードフォー・メ~ンです…)、メール・チェックをしてからロビーに集合。「あれっ?なんか臭い…」一瞬そう感じたのだが気にせずみんなでタクシーに。「あれっ?やっぱ臭い…」そう感じた俺は隣にいるメカ沢βに聞いてみた。
 
「なんかゲ×臭くない?」、「いやぁ、実はそう感じてました…」、「やっぱり?」…そう、原因は不明だが、どうやら部屋に入った段階で衣類にゲ×・ライクなスメルが付着してしまったらしい。慌ててファブリーズしまくったのだがあまり効果なし。この「謎のゲ×ゲ×スメル事件」の悪影響があったのか、
ここまでは絶好調だった演奏に不調の兆しが…おいおい、12連泊の初日じゃねーかよ…まっ、そんなもんである。
 
10/13(月):神戸チキンジョージ
 
大好きな街のひとつ神戸である。余談だが、拙者(吾輩くらいにしとくか…)が一人旅の舞台として撰んだ唯一の地である。
 
さて、昔のチキンに比べて震災後に建てられたチキンのお客さんは、会場の雰囲気も関係しているのか演奏しているジャンルが左右しているのか、演奏がイマイチなのかしれないが(まぁ、これだろうな…)、なんか今ひとつ盛り上がらない気がする。ひょっとすると冷静沈着に盛り上がっているのかもしれないが…。
 
あの日は本編終了後、「今日はイマイチ盛り上がらなかったなぁ…」なんて云いながら楽屋に引っ込み、その後アンコールを演奏して終えた途端に、それまでの盛り下がりが嘘の様な拍手喝采の鳴り止まないアンコール…。
 
ったく、最初っからそうやって素直に盛り上がって下さいっつーの!
 
ちなみにこの日の俺、体調悪くて打ち上げ不参加。早くも休肝日を設けるなんざ、守りに入り過ぎか?とも思ったが、これもプロ意識である。
 
10/14(日):移動日
 
この日は神戸から博多まで新幹線、そして博多から長崎までと云う長時間の電車の旅(クロ高1年番格の竹ノ内豊にとっては、あまりにも酷な移動である)。長崎はコンサートで何度も訪れている割には、あまり親しみがなかったのだが、今回の旅で一気にこの街が気に入ってしまった。(夜の繁華街はそうとうガラが悪いけど…)。この日のリラックスぶりは第17回のコラムの冒頭参照。
 
10/15(水):長崎 旧香港上海銀行
 
ここは国から指定文化財に認定されている由緒&港情緒ありまくりの素晴らしい建物だ。特に演奏するスペースとしての設計がなされている訳でも無く、そんなところで大音量なバンドがライブやっていいのか?ってゆーか、18”の小音量な繊細と云う名の腰抜けサウンドのジャズ・ドラマーや、タイトと云う形容がぴったり?のスケールの小さい普通の音のフュージョン・ドラマーならまだしも、果たして26”のノー・ミュートなツーバス野郎が演奏してもいい場所なのだろうか???
 
だがそんな不安はサウンドチェック開始と同時にすっかり解消…される事など無く、むしろ増した。まるでスタジアムでやっているかの様なもの凄い残響で、ただでさえ癒し系とは無縁なドラムの音が「ドぉッカ~ン!ドゥワぁ~ン!!グぅワッシゅうぃどあ~ン!」(どんな音だよ!)だもん、思わず笑っちゃう程凄まじかった。が、 そんな中一人盛り上がってたのが米川英之氏である。
 
「よく外タレのロック・バンドが、こーゆー場所でこーゆー音でプロモーション・ビデオとか作ってるよねぇ!」と、まるでバンド始めたばかりの高校生の様に輝いた瞳で、とても嬉しそうに語っていたのが印象的である。
 
 「あっ、なるほどね!」とそのコメントに共感した俺は俄然やる気に…。実際本番が始まってみると、その会場の音響を熟知したPAの方の功績もあって、何とめちゃめちゃ演りやすいじゃねーかよ!
 
この日は親戚の叔父さんと叔母さんが聴きに来てくれていたと云う事もあり俄然盛り上がった俺は、とても気分良くこの日のライブを終えた。
 
夜はストちんの知り合いのライブハウス?で打ち上げ。途中「意外にウッド・ベースが似合う須藤&ソロ時の手拍子がリズミカルじゃないメカ沢β」(そうそう、ツアーではメカ沢と紹介されていたが、彼には溢れる男気は無い為、むしろβの方が正しい。えっ?なに?意味がわかんない?「クロ高」読め!)によるジャズ・セッションが始まった。
 
これが実に心地良く、港街長崎の夜には見事にハマった。途中この店のマスター(sax)と娘さん(vo)も加わり、極上の並み(笑)の音楽を聴きながら、この店のママの極上料理を食すると云う、とても贅沢なひと時を満喫した。いやぁ、ホントに飲んで喰ったぁ~。
 
10/16(木):熊本 Battle Stage
 
この日は長崎から熊本まで高速バスで移動。途中のサービス・エリアの休憩で朝食をとる予定でいたのだが、なんと5分間のトイレ休憩しか与えられず、しかも食べ物なんて一切売っておらず、一同めちゃめちゃ空腹に…。
 
熊本に着いた俺は、ホテルにチェックインした後すかさず「こむらさき」のラーメンを食しに行くが、空腹にいきなりの濃厚な豚骨ラーメンですっかり気持ち悪くなってしまった。
 
さて、熊本と云えば「鞍」の「馬焼き」である。散々喰った馬刺に飽きた俺たちの、2年前からのブームである。
 
この日は何故か非常にやり辛い音響の中でのライブとなってしまった為、演奏のクオリティはそこそこ?だったものの全く達成感の無いライブとなってしまったので、気分を変える為演奏の余韻に浸る事も無く、とっとと大好きな「鞍」へと向かった。
 
打ち上げではたまたま隣に居合わせた中学教師と色々と語りつつも、翌日が福岡だと云う事もあり、はなから節酒モードだった俺は、2次会には行かずあっさりと退散。
 
10/17(金):福岡 Dream Boat
 
今年の精進ツアーでお世話になった際、釣好きなロック・ギタリストでもある店長と朝までベロベロに飲み明かして以来、すっかり気に入ってしまった店である。
 
ライブの方は音響的にもとても演りやすく、しかもこの日は資料用の録音をしていた事もあり非常に気合いの入った演奏になり(まだ手元には送られて来ていないが…)、めんたい魂溢れる素晴らしいお客さんの熱気にもまんまと乗せられ(笑)、とてもいい感じで盛り上がった。
 
終演後はマスターの釣って来た魚をつまみつつ、やっぱり飲みまくり…。何故かこの日は、いつかマジに博多に住みたい!と感じた夜だった。
 
と云う事で、中編へと続く…。
 

2003.11.25 雨

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第18回 『KENSO – ハレ紀 LIVE- 2003』の章

11月 5th, 2003 by admin

ドラムを初めて23年・・・、演奏中にあんなにも熱く感動と喜びを体感したライブを、今までに経験した事があっただろうか?
 
『KENSO』と云うバンドは「プログレッシブ・ロック」と云うカテゴリを既に飛び越えて、恐らく世界で最も感情と知性と情熱の歯車が、危険な程に繊細に絡み合っているロック・インスト・バンドだ。今回サポートさせて頂いて本当に痛感した。
 
今年5月に、今回の『KENSO ハレ紀 LIVE』の出演依頼を承諾してからの約半年の中で、常に間断なく交錯していた期待と不安だが(たまたま過密スケジュールだった為、なかなかKENSOの曲を演奏するモードに入る事が出来なかったので、一時はかなりナーバスになっていたのも事実)、ライブが終わった今となってはこれまでの時間が夢と現実の狭間のように思えたりしつつも、演奏していた瞬間の記憶が不思議な程に実に生々しく鮮明に甦って来る。
 
そういえば過去に一度、演奏中に鳥肌が立つ程感動した事があった。ちょうど10年程前、あるシンガー・ソング・ライターのサポートをしていた頃の話だ。
 
当時恒例となっていた夏のスタジアムでのコンサートに初めて参加した時の事。コンサートがクライマックスを迎え、3万人の観客とステージがひとつになった瞬間、人生で初めて「ドラムをやっていてホントに良かった!」と感動した。
 
そして今回の「KENSO」では、半端じゃなくクオリティの高い素晴らしい作品を、才能溢れる秀逸なミュージシャンがより高い次元で、個々の技ではなくあくまでも作品を表現する為に自己との格闘までしながら、ひとつの『気』に集約して表現すると云う、普通のライブではあまり使う事の無い、まるで精神を削ぎ落としているかの様な凄まじいパワーを費やしながら奏でるサウンド。そして、その波動をまっすぐに受け入れる事の出来る、心から「KENSO」の音楽を愛するファンの方々・・・。これまでの人生の中でこんなにも「音楽をやっていて良かった!」と思えた瞬間はおそらくなかったであろう。
 
長年のバンド・サウンドの中で育まれて来たあの大曲の数々・・・個人的に多少のミスはあったものの「我ながら良くやったなぁ」と珍しく褒めてみたりもしつつ、今回親友でもあり良きライバルでもある村石雅行の代役として、「KENSO」と云う素晴らしいバンドに携わらせて貰えた事を、リーダーの清水氏初め、小口氏、三枝氏、光田氏に心から感謝している。
 
「KENSO」とは凄まじいパワーと感性を兼ね備えた、まさに孤高のロック・バンドである!!
 

 
最後に、先日亡くなられたジャズ・ドラマー、ジョージ川口さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 
 
2003.11.5 曇りのち雨
 

追記(1):スケジュール欄には掲載しなかったが(一般の方は観覧できなかった為)、実はチッタでのライブに先駆けて、去る10/31にリーダー清水氏 の母校であり、「KENSO」結成のゆかりの場所「神奈川県立相模原高等学校」(略して「県相」)の創立40周年記念式典の文化行事にてライブを行った。
ある意味特殊な音楽の為、今時の高校生の反応(特に学祭とかでの生徒の反応は微妙だからサ・・・)が心配だったが、演奏が始まるとそんな心配をよそに、かなり熱い反応が帰って来た。(勿論中には寝ている生徒もちらほら居たが・・・)。
若さゆえその感受性や吸収力は柔軟で、本気で感動してくれた生徒達も居た様子で、そのあまりに純粋な瞳に大きなパワーをもらった。やっぱ若さって素晴らしい!
 
追記(2):チッタで余興(いやいや実は大マジ!)として演奏した、小口さんとの2人「U.K.」・・・邦題『憂国の二士』(笑)。当初はもう少し長いバージョンを予定していたが、メンバー紹介の枠内と云う時間的な問題もあり、ついつい入り込み過ぎてしまいそうな雰囲気に2人とも危険を察し、あの様なサイズでやってみた。予想を遥かに上回る会場の反応を含めかなり愉しかったので、一度ちゃんと全部コピーしてみようかな!なんて気になってしまった(笑)。
 
追記(3):今シーズンをもって長年応援して来た読売ジャイアンツのファンをやめました。理由はお察しの通りです。

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